ふだん、本ブログではギークな話題を避けていますが、今回は思い入れもたっぷりなので、少し詳しい人向けにライカM2について、愛機の写真と共にお届けします。
巨匠のM3、反逆のM2 ?
写真家で、日本のクラカメ界の重鎮・田中長徳さん(通称チョートクさん)は、自身の若かりし頃を振り返り、次のように述べています。「私の青年時代は、これはM型ライカだと言えば、M2のことであってM3ではなかった」(『季刊クラッシックカメラ No.7』 P23 双葉社) 。
若者だったチョートクさんから見た場合、「一般の反戦青年は、ベトナム払い下げの軍服にライカM2で、クルマはボロボロのフォルクスワーゲンでギブソンのギターでなければいけなかった」そうです。
反体制のジャーナリストがライカM2を使っているというイメージから、チョートクさんはそのような印象を抱いていたようです。 M3を使う巨匠たちのスナップを「ナーンセンス!」と感じてしまう時代の気分だったのでしょう。つまり、ライカM3はブルジョアのための「旦那カメラ」であり、M2はクリエーターなど反体制の若者たちの気分を代弁していたというニュアンスが、そのエッセイからは読み取れるわけです。でも、チョートクさんはその若さゆえの青さを、「巨匠はM3を使っているという単純回路」による誤解であったとも述懐しています。
おそらく、そのような誤解が生まれたのは、M2の立ち位置によるものが大きいのではないかと思われます。1台売れるごとに赤字が増えたといわれるM3のダウングレードがM2だという言説ですね。人呼んで「M2はM3に劣るのか否か問題」です。いや、わたしが勝手に問題にしました(笑)。古い雑誌などを読む限り、それに類するコメントや記事に触れることもあり、わりと根深いハナシという印象をもつわけです。
愛機は初期型のM2ゆえ、フィルムリバースがボタン式。
簡易版か、進化版か
M2を紹介するときに、「M3のコストダウン」「M3より機能を省いた」という安直な形容に対し、M2オーナーとして「いや、いや、違うでしょ」と抗弁したくなる気持ちもわかります。M2はM3の金型を流用し、ファインダーブロックを簡素化したというのに、劇的に安くないですよね。一般的なカメラからしたら、どっちもまだ高いですよ(笑)。他にも、M3はファースト・ガンダム、M2は量産型ガンダムといった捉え方もできますが、いったいどうなんでしょうか。
ライカ研究家の中村真一氏曰く、「ライカM2は、M3の簡易型として発売になったのであるが、ライツは簡易型とは一言も言っていない」(『新M型ライカのすべて』 朝日ソノラマ)とのこと。どういうことでしょうか? 中村氏によると、M2は製造番号が進むにつれ、M3に近づいているそうです。最後はM3と同等か、「それよりもアップしたとみるユーザーもいるほどである」(中村氏)なのだとか。
細かい話は割愛しますが、たしかにM2の末期にはさまざまな派生モデルが存在し、後述するように35ミリ・レンズにブライトフレームが対応したこと、またシャッター機構も刷新され、併売されていたM3にフィードバックされたという事実があります。M2のいくつかの機能は、M型ライカ完成型としての誉れも高いM4に継がれていきます。
シンプル・ファインダーと被写界深度計測ノッチ
M2のファインダーを覗くと現れるブライトフレームは、ひとつのレンズに対してひとつの表示であることが、他のM型ライカと異なる最大の特徴です。これにより、視野を遮る要素がありません。また、35ミリ・レンズを選んだときに、外付けファインダーや眼鏡付きレンズを使わなくても良いという点だけでも、M2を積極的に選ぶ理由となります。逆にファインダーブロックがM3と異なるので、距離系の基線長が短くなり135ミリは使えなくなりました。
ところで、M2のフレームを覗くと、二重像の上下に凹み(ノッチ)があることをご存知ですか? ノッチの上がf16、下がf5.6のときの被写界深度を表すとのこと。つまり、二重像が合致していない場合でも、ノッチのなかに像があれば合焦しているということですね。
と、伝聞調で書いたのは、わたしのM2にはそのノッチが見当たらないから。ファインダーブロックだけほかの機種と取り替えたのかと改造を疑いました。しかし、紛れもなくM2なんですね。当時のライカは年次によって、仕様変更が加えられたりしているとのことですが、真相はわかりません。
とにかく、M2のファインダーはM3のように明るくて「見え」がよいので、合焦させたり、構図を決めるのはラクですね。この点について、ライカの使い手として有名な写真家の飯田 鉄さんは、次のように語っています。
「M2のファインダーはピュアな感じがするのだ。この混じりけのなさは、時計の文字盤のようなシンプルなフィルム枚数系、縁取りの多いM3の化粧気をさっぱりと落としたクリーンなスタイルと軌を一にしていて、必要にして十分な、簡潔な道具の顔になっているのだ」 (『季刊クラッシックカメラ No.7 』P28) まさに、飯田さんのこの言葉にすべてが要約されている気がします。
手動式のフィルムカウンター。これで敬遠しているならもったいない。その理由は……。
手動式フィルムカウンターの密かな愉しみ
M3との比較において、軍艦部の刻印以外にM2と判別できるポイントはいろいろあります。たとえば、「測距窓」に枠がないこと。「明かり取り窓」にギザギザがあること。このギザギザも前期と後期で異なり、「内ギザ」とか「外ギザ」とか言われております。そのほか、オーナー以外がひと目でわかる差異は、セルフタイマーの有無や(後期で復活)、フィルムカウンターですね。もっとも見た目でわかりやすいのが、巻戻ノブの形状とフィルムカウンターです。ここでは後者について述べたいと思います。
M型ライカではユーザーがフィルムを装填した後にフィルムカウンターは自動的にリセットされますが、M2においては手動で「0」に戻す必要があります。忘れると、いま何枚めを撮影しているのかわからなくなります。手動リセットはM2だけの儀式ですね。それについて、使いにくいということで敬遠する向きもあるかと思いますが、オーナーとして主張しておきたいことがあります。
M2のフィルムカウンターですが、そのダイアルを巻き戻すときの手応えが精緻なんですね。ライカはその工作精度の高さと設計の複雑さからシャッターをレリーズしたときの独特の感触が有名です。日本勢が永遠に追いつけなかった箇所でもあります。実はM2のフィルムカウンター・リセットも、わたしはシャッター切るのと同じくらい好きなんですね。ダイアル目盛を回す度に、指の腹に伝わる繊細な感触がたまりません(笑)。これはほかのM型ライカでは体験できません。思えば、ハッセルもローライもフィルム装填は面倒くさいのですが、儀式があると愛着もひとしおなんですね。
最後になりましたが、M2は撮影大好きな実用派にうってつけのカメラではないでしょうか。引くことも、足すこともない。Less is More(少ないことは多いこと)。そんな言葉が浮かびます。「LESSの極み」としてのM2、ここまで語らせてしまう魅力があることは間違いありません。■
装着のレンズはライカスクリューのズミター 50mm f2.0
Photo by Kobanica
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