TOA19の2日めに参加したピッチのレポートです。
価値ある都市開発を行うべくソーシャルインパクト専用ファンドを組成するMetro1の同社創業者Tony Cho氏は、マイアミのイノベーション・ディストリクトMagic Cityなどを手掛け一躍有名に。
また、都市圏のマイクロ・コミュータとして脚光をあびるe-Scooter Circ創業者のCEO Lukasz Gadowski氏など、近年注目される起業家たちが登壇しました。大手企業からもダイムラーグループとBMWが手を取り合った ReachNowのグローバルCEO Daniela Gerd tom Markotten 氏ほか、豪華なスピカー陣が勢揃い。
以下はDay2について、わたしが聴講できたものについてのレポートです。
・Ethics in Entrepreneurship(起業家における倫理):セラノス告発者へのインタビュー
まずはErika Cheung氏へのインタビューセッション。Cheung氏はバイオテック業界の女性版スティーブ・ジョブズと騒がれたエリザベス・ホームズが創業したセラノスの社員でした。
周知のようにセラノスは静脈注射ではなく、一滴の血液からあらゆる疾患がわかるという機材を発明したと謳ったスタートアップです。将来はその機材を家庭向けに提供するとも。しかし、実際にそのような機器は存在しなかったことをメディアにすっぱ抜かれ、SEC(証券取引委員会)より詐欺として連邦地裁に告発され、世界中に衝撃が走りました。
Cheung氏によれば、彼女がセラノスに入社したのは2013年のこと。カリフォルニア大学バークレー校を卒業した22歳の彼女は、その就職を喜んでいたそうです。当時の従業員数は100名在籍していたようですが、彼女自身がセラノス社内でなにをすべきかはわからなかったそうです。
Ethics in Entrepreneurship 立ち上げまで
セラノス社内は極度に秘密主義で、各部署が孤立していて、横の連携もなく社員には情報が与えられていなかったとのこと。そして、社員はNDA(秘密保持契約)によって束縛され、企業名を語ることも禁じられていたとか。やがて血液検査の実験を繰り返しても結果はいつも失敗し、疑念を感じたCheung氏はラボのほかの仲間たちと情報交換をするようになったようです。Cheung氏のなかに科学者として、また初めての組織における振る舞い方について葛藤があったことも吐露しています。
セラノス社内は、彼女いわく「完全なサイロ」だったとのこと。彼女は7ヶ月で同社を辞め、香港に移住します。告発者の何人かに彼女の名前が出て、セラノス側は彼女を告訴すると脅したようですが、弁護士に相談し覚悟を決めたようです。彼女は監督庁となる「Centers for Medicare and Medicade Services」に同社を告発する手紙を書き送達したと語りました。
元社員の自殺者まで出たセラノスのスキャンダルですが、日本で起きたSTAP細胞問題を彷彿させます。また、科学(テック)と倫理、投資家のデューデリジェンスの甘さと、ホームズ氏をヒロインとして祭り上げてしまったメディアが持つ構造的な歪み、強欲な資本主義とテクノロジーの関係性について考えさせられる内容でした。
Cheung氏は、現在「Ethics in Entrepreneurship(起業家における倫理)」という非営利のアドバイザリー活動を行っています。そんな彼女が語った「Technology has a patient(テクノロジーには患者がいる)」という言葉が心に刺さりました。その企業の時価総額、あるいは株主や創業者のためではなく、真に対峙すべきはそれを待っている患者だということです。
起業家は時に「できない」を「できる」と主張したり、それを信じることで生まれるものも多いことは否めません。しかし、これが行き過ぎると頭の中では、どこまでが理想で、どこからが現実なのか線引きが曖昧となりがちかもしれません。こと医療に関してはソフトウェア企業のような流儀は通用しない(やってはいけない)ということを示唆する内容でした。そして、「(従業員が)情報や資源に接触できること」「核となるテクノロジー(を隠すべからず)」ともCheung氏は述べました。
後に調べてみたら、HBOが制作して話題となったセラノスの内部を描くドキュメンタリー「The Inventor」に、Erika Cheung氏は出演しているようです。
・Quantum Computing -- Disruption or Revolution ?(量子コンピューティング:破壊か進化か?)
本セッションは、英国のケンブリッジ量子コンピューティング社の共同創業者兼CEOを務めるIlyas Kahn氏によるものです。
筆者は20年近く前にWIRED JAPANで量子コンピュータの記事を掲載したことがあって、そのとき「トンデモ科学」という人までいた量子コンピュータの現状に興味がありました。とは言え、本ピッチは「専門用語を使わずにわかりやすく説明するぞ」という冒頭のKahn氏の言葉とは裏腹に、知識が追いつかずにわかりませんでした(涙)。
Kahn氏によれば、なぜ量子コンピューティングに移行しなくてはならないのか、という理由は次の通りです。
1)ムーアの法則の終焉(ポスト・シリコン時代)
2)旧式のコンピューティングによるシミュレーションの限界〜創薬、新素材の設計〜
3)計算すべきデータが計算資源を超えるほど膨大に増加
2についてはWikipediaを参照すると、組合せ爆発(Combinatorial Explosion)の問題が指摘されているため、旧来のコンピューティングではもはや限界に達しているようですね。
量子コンピューティングについて、Kahn氏は次第に判明してきた次の3つの量子の特徴を使っていると説明しました。A)重ね合わせ B)量子もつれ C)量子干渉
これだけでは何のことか全くわからないため、筆者は虎の巻として、「最先端の量子コンピュータ IBM Q」を参照してみます。それによれば、量子重ね合わせによって計算を行い、量子干渉を用いて確率を増大、1の計算結果から、今度は量子もつれを利用して欲しい解を取り出す、というステップのようです。(申し訳ありませんが、解説できる方はよろしくお願いいたします)
Kahn氏のピッチでわかりやすかったのは、会場から寄せられた質問への回答でした。量子コンピューティングの実現について問われたとき、数年後にはRSA256暗号の複合化が数分で行われるだろうということ。また、プログラミングは自然言語で可能になるという話など。最後に量子もつれ光子を用いて、次の通信技術が開発されるということ。こちらは断言していました。
すでにプレイヤーとして名を連ねているのが、次の通り。製造業ではBMWやフォルクスワーゲン、ダイムラーグループほか、製薬ではBASF、金融はJ.P.モルガン、エネルギーではエクソンモービル、通信においてはドイツテレコムなど各領域数社が量子コンピューティングを行なっているようです。
それにしても、実現してしまえばブロックチェーンやあらゆる暗号が簡単に複合されたり、予測市場などは無意味になってしまいそうですね。
稼働しているものとして、限定的でありますがIBM Qを挙げていました。また、講演後にKahn氏を見つけて話しかけたら、古典的コンピュータによる量子アニーリングについても話をしてくださいました。そちらには、筆者が以前「富士通フォーラム」内の放送で解説したことがありますが、デジタルアニーラが存在します。
【追記 : 2019.8月16日】量子コンピュータについて理解するうえで、以下の記事が面白かったのでリンクを貼っておきます。ご参考まで。
Qmedia : 量子コンピュータの現在とこれから / カスペルスキー:量子超越性への不確かな道のり
・Come Fly with Me -- a Look at the Future of Air Travel(来て、一緒に飛ぼう --空の旅の未来を見る)
TOAではすでに常連となりつつあるドイツのフライングカー Volocopterのほかに、もう1社ドイツのフライングカー・メーカーで巨額の資金調達を行ったスタートアップがいます。それがLiliumです。Volocopterの航続可能時間30分未満に対して(筆者が以前に来日した同社CEOから聞き取った話より)、Liliumは航続可能な距離を300kmを謳っています。Volocopterとの決定的な差はジェットを推進力にしているところです。両者とも垂直離発着が可能なため、VTOL(Vertical Take Off and Landing Aircraft)とも呼称されています。電力で動くためeVTOLとも言われます。
本ピッチはマーケティング担当ヴァイス・プレジデントのArnd Müller氏が行いました。2015年にミュンヘンで創業したLiliumには、現在300名の社員が在籍しているそうです。Müller氏によれば、最高時速300kmで飛ぶ同社製品は最大5人乗車が可能。そして、JFK空港からマンハッタンまでタクシーでおよそ45分かかるところを、彼らの製品は6分で到達するそうです。将来的に料金もタクシーと競合するのだとか。
L.A.からサンタバーバラまでを30分でも行けるので、これまでの交通網では適わなかったルーティングが可能となり、それを「点から点(Point to Point)ソリューション」と呼んでいました。通勤圏内や日帰り旅行が難しかった場所もLiliumで近場になってしまうということですね。キャッチコピーとして、「繋がっていない場所を繋ぐ(Connected Unconnected)」を標榜しています。
Volocopterは都市圏での展開を視野に入れていますが、Liliumの場合は都市と都市、あるいは都市と郊外というように、その棲み分けも明快です。今後は「モバイルアプリ」「機体開発」「離発着場」の同時開発に注力するとのこと。とにかく、スタイルがSFチックで格好いいですね。垂直で上方移動後は尾翼が回転してジェットの力で水平移動します。
#ちなみに、筆者が主宰するUnchainedでは、9月にフライングカーを開発する日本企業やその誘致を狙う自治体を集めて、「フライングカーとそのビジネスモデルを考える」というイベントを東京都内で行う予定です。今年6月にワシントンDCで開催されたUber Elevate Summitの報告も兼ねます。仔細はソーシャルメディア等でいち早く告知したいと思います。
・Revolutionary Branding for Startups (Powered by ZeBrand) スタートアップに向けた革命的なブランディング by ZeBrand
日本企業からは、前日のパナソニックに続き、モリサワからグローバル向け新規事業であるZeBrandの発表が行われました。同社の菊池 諒氏と赤生悠馬氏がイノベーション・ステージに登壇し、サービスの中身をプレゼンしました。
ZeBrandは起業したばかりのスタートアップ向けサービスです。デザイナーを雇わずとも簡単な質問に答えていくだけで、自社ブランドを視覚化したWebページを構築できます。いろいろと資源が限られるスタートアップ向けのターンキー・サービスとして、魅力的なものに映りました。
(撮影はすべて筆者)
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