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コメント

何ゆえに写真を通して表現するのか、カメラを持つのか、それが自分にとって…。興味深く読ませて頂きました。自分が納得して写真をこなしたいと、感じました。
暗号・・。
写真に含まれる暗号と、観る側の解読力をどう見積もるか。
でも観る側の第三者はなるべくひろく多い方が良いように思うと分かり易い(≠簡単)暗号が表現力として問われるのでしょうか?
わたしの今は亡き師匠は第三者に伝わらない写真はだめとまぁ、あっさり切って捨てられたことを覚えてます。

しかしこんな文章書けるのかっこいいナ♪

> 雅写さん

コメントをどうもありがとうございます。

わたしは暗号が表現力だとは思っていません。
ここに書いてあることは、あくまで自分のいまのスタンス(未来は違うことを言っているかもしれませんよ)なので、写真全般のことは知りませんし、多くの方はだれかに希求されて始めたものではないのだから、それぞれがそれぞれの表現活動における考えを深めたり、体現すればいいのではないかと思います。

暗号があろうがなかろうが、届けたい相手がいることには変わりはないと思うので、お師匠様の仰られることもその通りだと思います。

ただ、作為が明瞭かどうかはさほど問題ではなく(わたしの場合は、あけっぴろげなまでに作為はないのですが、暗号化されています)、誤配も含めて届く写真とそうでない写真があるだけかと。

小説も絵画も、心の捉え方や時代背景、思想に影響されるものだと思います。リンゴをそのまま撮って提示して「リンゴ」を表現することもあれば、まだ実のならないリンゴの苗木や種子だけ、あるいは赤ちゃんの頬を撮って「リンゴ」とするのも心の動きなので、どれが正しいとか正しくないということはないのかと…。

それがリンゴに見えない場合もある、ということがありますが、写真の善し悪しでいえば、その写真が心に触れるかどうかだけだと思います。よって、表現への欲求に関しては、皆が自分にとって具象的な、あるいは切実な「リンゴ」を撮ればいいのかもしれませんね。

わたしの場合、私的な言葉は言葉にせずに写真で語ることで、自分を癒しています。タイトルにもあるとおり、裸なのでそこに作為や嘘はありません。

また、わたしが想定した誰かに届くとは思っていなかったのですが、いくつかの写真について見知らぬ方々から、鋭敏にメッセージを読解された感想をいただいたりしていて、驚くことがあります。そしてまた、それが次の撮影に自分を向かわせます。

本来はその方たちに届けたはずではないから、誤配なのに、その人たちの言葉で暗号が解読されていたり…本当に写真というメディアは奥が深く、またプリミティブな言語(暗号)だな、と驚嘆した次第です。

雅写さんのように長年カメラと向き合われてきた方には青臭いことを言っているように聞こえるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

キャリアは長いのですが、じつは出会う作品に解読不能なことがしばしば。自分の解読力をすこし恥ずかしく思うことすらこれまで多々ありました。そのへんは半ば諦めていた感もありましたが、ちょっとコバニカさんの文面から一度脱力して自分に問い直そうと・・。

コバニカさんの書かれる文面からほわぁんと脳みそに霧状に染み入ってくる感じが、惹かれているところです。コバニカさんのような言葉の達人が言葉に依らず発信したいと思える写真に、今もう一度はじめから向かいたいと・・思いました。ありがとうございます。

絵画なら自分が表現したいものをイチから作っていけるだろうけど、写真ってのはどこかから借りてくるしかないワケでしょ?
「自分に<近い>もの」を借りてくるって行為はもとから誤解を含んでくるだろうし、もちろん「自分そのもの」ではないわけで。

と書いていたら「でも言語も借り物じゃん」て気づいて自縄自縛www

> nomad

そうだね。借り物だし。でも、借り物だけど絵画よりも具象的なイコンが並ぶので明晰なプレゼンってのもあるし、視たものは視たもので視神経から心象をトレースしている可能性があるから、世界は借り物であると同時に内在しているのかな。

個人的にはこれまで言葉のほうが得意だったのに、言葉で語りたくないことのほうが多くて、いつしかブログが他人行儀になっていったのに対し、写真という言語は言葉とは違う受け入れられ方をすることに新鮮な感動を覚えたり……。

ごめん、これ以上は継げない…。

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  • By コバニカ

    銀塩、デジ、針穴、赤外線によるパノラマ作品までこなすルチャ・リブレ派。最近はもっぱらフィルム回帰中。

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