メディア評論家ジェフ・ジャービス氏のブログサイトBuzzMachineによれば、ニュージャージーにある新聞「The Star Ledger」はすでに大手配信社によるニュースワイアー(配信記事)を使わずに、独自にすべての紙面を構成しているという。
たしかに、The Star Ledgerの記事を読むと、署名は同紙の記者、もしくはスタッフライターの名前で、「APによると…」「ロイターによると…」は見当たらない。
また、好感を覚えたのは、このThe Star Ledger編集部員の顔を出して、連絡先まで記載していることだ。
私たちは、APやロイター、共同通信、時事通信などの通信社に信頼を置いている。それは、かれらが長い間築いてきたブランドによるものだ。でも、ちょっと待てよ…。執筆している人間のことはよくわからない。
もし、信頼というものが、同一のアイデンティティに寄せられるものだとしたら、組織と個人に大きな差異は生じるのだろうか? もちろん、海外の情報を取材したり、それを即時に報じることは大組織にしかできない。しかし、ある特殊な領域になってくると、自主メディアやフリーランス・ジャーナリストの独壇場だ。たとえばイラク戦争や北朝鮮報道などでは、そらら独立系メディアが情報源として活躍している。
ネットがここまで普及してしまうと、これまでのニュースワイヤーのシステムはどうなっていくのだろうか?
おそらく、通信社の記事配信に対する価額設定は、既存のマスメディアを対象としているわけで、ローコストオペレショーンが常態であるニッチメディアや独立系のポータルサイトやアグリゲーターには掲載料金が高すぎるだろう。ゆえに、情報源の二極化が起きているのではないだろうか。つまり、「ブランド情報源」と「それ以外」だ。
これにより、ネット上のジャーナリズムを語るとき、多くのメディア関係者がいう「怪しいクズ情報ばかり」という意見は、「それ以外」のことを指すわけで、ゆえに自分たちの正当性と存在の根拠になっている。
でも、「それ以外」の中身はぜんぶクズなのか? ブランド記事ではないけれど、信頼に足る情報源がネット上で情報を発信し、それに基づいて信頼に足る記事を信頼できる誰かさんたちが書いていたとしたら?
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